鬼のような形相をした優しい父の話

昭和の頑固親父という表現がぴったりと当てはまる。危険な遊びをしている子供がいると他人の子だろうが大声で怒鳴る、近所でも恐れられている有名人。それが私の父だ。そんな父だけれども、私には優しかった。2歳年上の兄にはとても厳しかったけれど。

「男が泣いていいのは親が死んだときと女に振られたときだけだ」という時代に育った父が、それ以外の理由で泣いたことが一度だけある。それは私の結婚式、でもなく初孫が産まれたとき、でもない。

兄が離婚することを両親に報告したのは、10月の夜のことだった。ちょうど二人目の出産のために里帰りしていた私もそこに同席していた。結婚して5年、子供好きな夫婦だけれども子供がいない兄に離婚の理由を聞くのは憚られたから、私と母は黙っていた。父も初めのうちは黙っていたけれど、しばらくすると「ちょっと出るか」と言って兄を近所の行きつけの飲み屋に連れて行った。二人を待つ間、私は気持ちが落ち着かず、布団に入っても気になって眠れないでいた。結局二人が帰ってきたのは、日付が変わって2時間ほど経った頃だった。私は何だかほっとして、そのまま眠りについた。
翌朝、父が犬の散歩に出ていったときを見計らって、兄が母と私に言った。もう一度やり直してみる、と。母も私も、泣きながら、笑った。

季節は巡り、再び秋になった。産婦人科の病室で兄夫婦が産まれたばかりの赤ん坊をそれぞれの腕に抱いていた。待望の赤ん坊は双子だった。父が病室にやってきたとき、兄嫁が「本当にありがとうございました」と言ったので、そこにいた皆がはっとして父の方を見た。父は顔を歪ませて頷いた。
それが、父が泣く初めての姿だったのだ。

鬼のような形相をした優しい父の話